院長コラム
Column
心臓の内からみた心電図
2017年12月04日
心臓は大きな筋肉の塊で起電力が大きいので、心臓の外からでも電気的な活動を記録することができます。胸の表面と手足に記録用の電極をつけることにより、心臓の電気信号の波形を測定することにより状態を評価できます。
健診で測定する心電図は体の表面につけた10個の電極により12の方向から電気信号を記録(12誘導心電図)します。一般的には心電図といえば12誘導心電図のことを指します。
心臓の電気の情報は、より心臓に近い場所に電極があるとその部位の情報を詳細に観察できます。そして記録する電極の数がおおければより細かい部位の情報を記録できるのです。
以前勤務していた病院の集中治療室では、心筋梗塞で運ばれてきた患者さんでは、どれくらいのレベルに傷害が及んでいるかということをより細かく知り評価するため、12誘導心電図に加えて87極の電極を胸の前に貼って記録していました。最近では、より多くの情報を記録するために、252個の電極のついた心電図ベストも不整脈の診断領域ではでてきています。
しかし、体の外からの記録では小さな電気信号を細かく記録し、解析していくには限界があります。
不整脈は傷んだ心臓の筋肉から出現するため、そのkeyとなる信号は極めて小さいものです。そのため不整脈の原因や機序を正確に診断し、治療につなげるためには、心臓の筋肉から直接電気的な信号を記録する必要があります。
心臓の中に電極のついたカテーテルを入れ、そこから心臓の電気信号を直接記録する心電図のことを心内心電図といいます。循環器を専門にする先生でも心内心電図に興味をもち理解しているのはよほど物好きか、不整脈診断と治療を専門にしている人だけだと思います。
記録する電極カテーテルは足の付け根と首の静脈(もしくは肘の静脈)から心臓の中へ挿入します。カテーテルの先端には複数の電極(多極)がついており、その多極のカテーテルを1本だけではなく複数のカテーテル(3本~5本程度)を一緒に心臓の中に留置します。複数の多極電極からリアルタイムで心臓各部位の電気信号を同時に記録することができます。
もう少し細かいことをいうと、一般的にカテーテルの先には2㎜間隔の電極(4-20極)がついていますので、その2mmごとの電極間を通過する電気信号を記録することができます。通過した電気信号を可視化するために1秒を20㎝の長さにして、その電気信号の波形を記録します。つまり1㎝が1/20秒(50ms)におこった電気信号の情報を含んでいることになります。
心臓の筋肉を伝わる電気信号は、だいたい1秒で1mの速さで伝導すると仮定すると心臓の中での1㎝の距離は1/100(0.01)秒で通過することになるので、不整脈の原因となる部位を数ミリの領域まで同定するためには1/1000(0.001)秒までのレベルまでを解析する必要があります。
ちょっとややこしくなってきましてね。すいません。医療スタッフの中でもこの手の話になると吐きそうなくらい絶対嫌という人と目をキラキラと輝かせて興味を示すマニアの人と二つにわかれます。もちろんマニアは少数派です。
20年位前の昔はコンピューターの解析の能力が高くなかったので、心内心電図の波形を実際に紙に打ち出してコンパスデバイダーにより何ms早いということを手を使って測定していました。そして使用できるチャネルは4chとかでしたので同時に解析できる領域も限られていました。
しかし現在では、コンピューターの機能は劇的に進化したので、いくつの場所でも同時に解析できます。64個の電極から32か所の電気の情報を同時に記録しながら診断を行うことが多いです。多くの部位の電気信号を記録することにより心臓の電気な流れが理解できるので、不整脈の機序をイメージとしてとらえやすくなります。
慣れていないうちは複数の電気信号がどのようにながれていくのかは理解するのにはかなりの時間がかかりそうです。そのために何回もレビューして整理していかないと頭の中の処理が追いかないかもしれません。
しかしずっと心内心電図を見つめていると判断がはやくなりますのでレビューしなくともどのようなことが起きているのかは理解できるようになってくるのです。よりわかりやすくということで記録された心内心電図を3次元に変換したものが3Dマッピングシステムです(少し前のコラムにあります)。
頻脈性不整脈の多くは心臓の中を電気がぐるぐるルーレットのように回転することが原因となります。なぜぐるぐる回転するのか?というと、生まれつきその回路が存在している場合もありますし、病気や加齢の変化から心臓の中に電気が通りにくい場所ができてしまい回路となってしまう場合もあります。通常では存在しない異常な電気の通り路があるとその場所で回転するという現象がおきるのです。
本当にその場所をぐるぐる回っていることが不整脈と関係しているのか?ということを確認するためにその場所にあるカテーテルの先から電気の刺激を送り込み、その反応をみながら診断します。その場所を回路の一部であるなら早く電気信号が返ってきますが、離れている時は遅く返ってきます。いわゆる「やまびこ」と似た反応を確認します。
そして、そのぐるぐる回る回路の一部となっている異常な電気信号が記録された場所でカテーテルの先から高周波の電流を流すことで不整脈を治療することが可能となるのです。
昔は不整脈の手術といえば心臓外科の先生が開胸して行う負担の大きな手術でした。しかし、今はカテーテルにより診断し、治療を行います。最近では患者さんの負担やリスクは本当に少なくなりました。
将来的には、カテーテルを使わないでも不整脈をすべて診断し、治療するというもっと負担の少ない検査・治療をする時代がくるのかもしれません。しかし、詳細な不整脈の病変やその機序を診断し治療するためには、心臓の内から直接小さい異常な電気信号を記録することが必須です。そのためしばらくの間はカテーテルを使用した心内心電図の役割はおおきいものと考えられます。