院長コラム
Column
人を許す
2019年02月04日
最近、元気がない、つらくしんどい、夜が眠れない、動悸・息切れがする、血圧が高くなったなどの症状を訴えられてクリニックに来院される患者さんはよくおられます。
その症状の裏には過度なストレスが隠されている場合も多そうです。ストレスが多すぎると病状も悪化しますし、うつ状態の原因にもなります。
しかし診察でストレスをなくすようにいっても簡単ではありません。
ストレスには肉体的なものと精神的なものがあります。特に精神的なストレスをなくすのは一筋なわではいきません。
精神的なストレスや悩みには様々な原因があるのだと思いますが、どうしても許せないという感情が裏に隠されていることも多そうです。
それではなぜ許せないのでしょうか?少し私なりに考えてみます。もちろん正解というのはわかりませんが。
許せないという感情をばねに頑張るという考えもあるのだと思いますが、健康を害しては困ります。
腹が立って許せないということはだれでも感じます。もちろん私も感じますし、その気持ちもよくわかります。
社会、システム、物などなどいろいろなことに許せなくて憤りやストレスを覚えるのだと思いますが、人に対しての感情が多そうです。身の回りの人である場合も多そうです。
女性が職場をやめる理由のほとんどは人間関係だと聞きますので、特に女性の方がその傾向は強いかもしれません。
自分だったらそんなことはしないのに、こんなに期待していたのに裏切られたと感じるから許せないのかもしれません。
悪意を感じる場合もあるだろうし、単なる勘違いの場合もあるのでしょう。敢えて、教育的にストレスをかけている場合もありそうです。
悪意のある場合、その人には近づかないほうがいいと思います。いわゆる「危うきには近寄らず」です。
もし人を許すことができれば心のストレスはかなり軽減されるのでしょう。
私自身、若い時には歳を重ねて経験をつみでいければ、腹は立たなくなるものだと思っていましたが、相変わらず腹は立って許せない気持ちになる時はあります。
いつまでも完全ではないというのが人間なのでしょう。宗教的にはそれではダメと言われるかもしれませんが、医師としてはそのままでよいような気がします。
許せないことがいくつかあると、段々行動範囲が狭くなってくるようにも思います。
心の中に障害物があり、それをよけていかないとうまく行動にいたらないというイメージです。
そして日々の機嫌も悪くなりがちです。それがなんともいえないストレスの原因となっているのでしょう。
なんとか解決して機嫌よく毎日元気でいたいものです。
昔、老人病院で勤務(非常勤ですが)をした時に感じたことを書いておきます。
それぞれ反応には差があるものの入居されている皆さんは子供のように振る舞われます。そしてスタッフと患者さんも同じ目線の関係です。
人はだれでも歳を重ねて、人生の終盤に近付くと子供に帰っていくのは我々すべての人が行く自然の道なのです。
もちろん純粋な部分だけではなく、残酷なところもあります。子供は人に気持ちを十分に理解できないので、ある意味残酷で相手の心を傷つける時も多いのでしょう。
家族との関係がよくなく、病状の報告のために呼び出しても嫌がられる場合があります。おそらく昔に許せないことがあり関係がこじれたのかもしれません。
歳ととって弱って子供のようになった親をいつまでも責めるのではなく、許してあげてほしいと感じた時もありました。
大変な目にあった、足らないことがある、性格が悪いといって責める気持ちはもちろんわかります。しかしいくら責めても思い通りにはなるわけではありません。
そして弱って子供のようになっている人に期待することも残酷です。
医学的には脳の頭頂から側頭にかけて衰えると忘れっぽくなり、自己防御のために作話もします。前頭葉の部位が衰えると、性格が悪くなるというのがありそうです。後頭葉の部分の異常があると幻覚もでます。
相手が病気であると考えると相手を許せる気持ちにもなるのかもしれません。
それでも人を許すことは簡単ではないです。事によっては多くの時間と努力を要するのでしょう。
多くの人の心に愛と癒しを残し、その功績によりノーベル平和賞を受賞されたマザーテレサさんも言われています。「人はしばしば不合理で、非論理的で、自己中心的です。それでも許しなさい」と。
自らが過度なストレスを感じたり、病気なって自分の弱さを感じた時には、人を許すよい機会のような気がします。
すべては自分自身が日々いきいきと元気にしているために。