院長コラム
Column
人工透析の導入と中止
2019年03月11日
腎不全への人工血液透析の中止により一人の女性が命を落としたことが問題となり、訴訟の対象にもなっています。
家族も含め透析をしないことを一旦は同意されたものの苦しくなった時にその同意を撤回されたということです。
透析中止の基準を満たしていないのでは?と指摘され、主治医と病院はかなり非難されています。
患者さんの背景の状態や話の経緯の詳細が不明ですが、裏に隠されたいろいろな事情があるのだということだけはわかります。
透析の学会も含めその正当性についての検証がすすむようです。
ガイドラインでは透析を中止するのは、本人の意思が明確であり全身状態がきわめて悪く死がせまっている場合に限定とされています。
しかしながらあまりにも漠然とした表現すぎて、現場が判断に困る場合も多そうな気がします。
患者さんは、週数回も体にも負担が大きい長時間の血液透析をうけ続けます。また背景の疾患や合併症もありいつも苦しんでいます。その苦しさから逃れたいと切望する方も多いのだと思います。
そして現場の医療スタッフもその苦しさを共に感じ、一緒に苦悩しているのでしょう。苦しみ続けるしかない患者さんをみつづけるのは診続けるのは本当につらいものです。
おそらく今回の案件では多くの患者さんを見送ってきた経験を踏まえたうえでの苦渋の判断だったと推察します。
透析の中止は患者さんの死を意味します。安楽死や尊厳死などの終末期医療についてはさまざまな考え方や意見があります。
なにが正しいのかは私にはわかりません。それぞれの人の価値観により画一的なものではないのでしょう。
日本ではこのようないろいろな意見がある難しい問題は先送りにするという傾向があるので、現場では長い期間混乱が続いているというのもあるようにも感じます。
私の今までの臨床経験で感じていることは、水の中でおぼれて助けを請わない人がいないのと同様に、いつ死んでもいいといっている人でも苦しくなれば必ず助けをこうのだということです。
つまり、いくらきっちり話をして冷静に承諾した場合でも、息ができないくらい苦しい状況になれば一度は同意したことでも撤回するのです。
人工透析はしんどいといってもイメージしにくいかもしれませんので、少し概説しておきます。
もちろん人工透析は腎臓の機能が廃絶された患者さんに導入されますが、どのような人に導入されるのでしょうか?
若い方でしたら慢性の腎炎の方が多いですが、最近では高齢社会を反映して糖尿病や腎動脈硬化症など、血管障害や動脈硬化に伴うものが増えていいます。
腎臓の機能が低下した状態で長期間透析をうけることにより心臓や血管のトラブルがさらに増えるということもあります。
具体的には尿がでないと摂取した水分や塩分は体重増加につながり、心臓への負担が増します。
腎臓の機能がわるいと血圧の管理も悪くなります。高血圧が長期に持続すると、心臓肥大を生じて心臓への負担が増します。その結果、不整脈も増えてきます。
リンやカルシウムのバランスが悪いと、心臓の筋肉の働きを障害し、心臓の弁や全身の血管に石灰化を起こします。
カルシウムが骨から心臓や血管にどんどん移動し、心臓や血管の石灰化を起こしてどんどん全身の動脈硬化が進行していくというイメージです。
また、本来腎臓から赤血球をつくるホルモンがでるため腎不全の状態では貧血も進行します。貧血はさらに心不全を増悪させます。
その結果、いつもしんどくて息切れがするという症状がでますし、動脈硬化による血流の低下や脳梗塞により寝たきりになってしまう方もおられます。
人工透析の患者さんは心不全や血管障害などの循環器疾患の異常によるトラブルにより苦しみ、最終的にそれにより命を落とす場合が多いのです。
一方、血液をさらさらにする、不整脈を抑えるなどのトラブルを予防するための循環器薬は透析の患者さんでは副作用がつよいために使用は困難です。指を加えながら見守るしかないという現状もあります。
人の老化は腎臓や血管の老化と言われるごとく、歳をかさねるともに低下するものです。
現在、透析患者は30万人と言われていますが、高齢社会を迎えさらに増加することが予想されます。
透析医療についてはいろいろな意見あるのと同様に人の死に様ついても多くの考え方や意見があります。人工透析は人の死を先送りにしている治療だという意見も聞いたことがあります。
もちろん高額な医療費による経済的な問題もあります。
単に現場に責任を押し付けてこれから起こりうる問題を先送りするだけでなく、これを機に多くの人が納得できるように前向きな議論を深めておく必要があるのだと感じます。