院長コラム
Column

「35で焼いて待つの」が不整脈カテーテル治療

2017年09月11日

ブルゾンちえみという新人のお笑い芸人の方が、キャリアウーマンの役を演じ、男がよって来るのを待つの、なぜなら世の中の男の数は「35億」というネタが流行っています。確かにミュージックともマッチしてかなり耳にのこります。多くのテレビ番組やCMに出ているので、もしかしたら今年の流行語大賞をとるかもしれませんね。

この「35億」という耳につくフレーズは、私自身としましては不整脈のカテーテル治療(アブレーション)をしているときによく思い出すのです。多分こんなことを言っているのは私だけかもしれませんが。

不整脈の治療する時に高周波エネルギーの量を適宜調節して指示するが、最もよく使うエネルギー量が、35(W)だからです。

高周波カテーテルアブレーションとは、カテーテル(手元の操作で先端が動く直径が2㎜程度の細い管)で不整脈の原因となっている場所を探し、カテーテル先端から高周波の電流を流すことにより先端に熱を発生させ焼灼(焼く)する不整脈の根治治療です。小さな先端チップの先だけ電子レンジがついているようなイメージでしょうか。

しかし、1分間チンして終わりという単純なものではないのです。使用するエネルギーについてはうまく焼くためにその裏ではいろいろ気を遣うことがあります。

焼灼される深さは、カテーテルの先から出すエネルギーの量により変わってきます。心房の筋肉の厚さはおしなべて4㎜程度ですが、場所によっては透けてみえるくらい薄い膜一枚の部分もありますし、6㎜を超えるような場所もあります。また心室の筋肉の厚さは10㎜程度です。

深い場所までしっかり治療しようとすると大きなエネルギーが必要となりますが、大きなエネルギーを使うためには注意するポイントがいろいろでてきます。

ちゃんと焼灼できているかどうかはカテーテル先端で記録される電気信号の高さ(局所の心筋の量を反映)の変化から判断します。組織の中の温度が長い時間高く上がりすぎると心臓の筋肉の中の空気が爆発してしまい心臓の外への出血の現認となります(もしおこればポンという音が心臓の中から聞こえてきます)。カテーテル接触面の抵抗値(Ω)が急に低下するとその出現頻度が高くなるので、カテーテル電極のチップと組織との抵抗値の変化を注意深く声に出して読み上げて適宜調節します。

心臓の周囲には呼吸の運動をつかさどる横隔神経や食道が走行しています。そのためそれらが近い場所で治療をすると使うエネルギーを少なくする必要があります。食道の走行は個人差があるので造影で位置を確認し、食道の中に温度のセンサーを入れモニターします。横隔膜の位置はカテーテルの先端から電気信号を送り込み横隔膜の動きが反応するかで判断していきます。

また、血液に接するカテーテルと心臓との接触面の温度があがりすぎると血栓ができてしまいます。カテーテルの先端チップには温度センサーが付いており、リアルタイムに先端の温度が安全な温度(43度程度まで)に維持するように適宜エネルギーを調節します。カテーテル先端の温度が上がりすぎないようにするため、先端から抗血栓薬の含まれた水を噴水のように噴射しながら焼灼します。

さらにカテーテルを心臓に押し当てる強さも焼灼の深達度に関係します。従来はこれが術者の微妙な匙加減だったのですが、最近では圧のセンサー機能もあり、どの位の強さでカテーテルが心臓の組織と接触しているのかも測定できます。

焼灼という作業一つとっても先端の小さなチップの中にこれらの一連の機能がすべて含まれたかなりの優れもののカテーテルを使用して不整脈を治療しているのです。

これらの様々な因子を把握しエネルギーを調節しながら焼灼していくのですが、35Wというのがかなりよく使うツボにはまった数値なのです。複数の場所を治療することも多く、おそらく一回の治療で10回以上は35というフレーズを使っているのだと思います。

そしてすべての焼灼終了後は、再発してこないかを薬を使ってしばらく様子をみます。キャリアウーマンでは「男は35億もいるので待つの」が決め台詞ですが、地味に「35Wで焼いて待つ」のが不整脈のカテーテル治療です。

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