院長コラム
Column

手術後のせん妄

2019年02月28日

乳がん手術後の医師のワイセツ行為疑惑が無罪となったと報道されています。

ある法律関係者が日本の公判は起訴の追認の場であり、99%以上は有罪が決まっているとコメントされているのを聞いたことがあるので、活気的な判決です。

ジャーナリストの江上紹子さんがこの事件に関しては詳細に検討、コメントされていますね。

医療訴訟の記事をみると他人事には思えず、我が身のごとく心が痛みます。

事件は手術直後の病室で起き、主治医が患者さんの手術創部である乳首をなめるなどのワイセツ行為をしたということです。通常では考えられないような常軌を逸した不思議な設定です。

裁判の一番の争点は、この事件が本当におこったことなのか、手術後の単なるせん妄で空想のものなのかという根本的なところです。

このようなあいまいな状態で一人の医師が逮捕され刑事事件に発展してしまうということが不思議な気がします。

もちろんことの真偽はわかりません。そして密室でのいったいわない、やったやらない、という話については、これからも永遠と結論がでないのかもしれません。

この事件については一般の人と医療関係者ではまったく感じることが違うのだと思います。

一般の方では、このような稀有にみる事件は許せないので医師はとことんまで裁かれるべきと思われるのでしょう。

一方、医療関係者にとってはこのようなことが訴訟になるのか?と感じる人が多そうです。

万一、現場でよく起こることを司法が理解できないため裁判に発展しているのであればお互いに不幸なことですので、私自身がいままでの臨床で感じたことを書いておきます。

手術後や重症の病気の時、せん妄や幻覚を訴えられる方はよくいます。軽度のものを含めると結構な割合の患者さんにおこるような気もします。

集中治療室などでは、医師や看護師に殺されると絶叫する方もいます。

またあの人がおかしくなったとかいうことは当たり前に日常の業務の中で見られる光景なのです。

実際、集中治療室の担当業務では、せん妄の人をいかに管理するかというのは大きな役目の一つなのです。

そして大抵の場合は、患者さんはしばらくすると元通りにもどりになり、元気に退院されます。

昔、集中治療室でこいつ(私)をなんとかしろといって大暴れし、胸ぐらをつかまれ、つばまで顔にかけられたというエピソードがあります。

そしてその患者さんは長年私のことを信頼してくれ、現在も当クリニックに通院してくれています。とても謙虚な方です。

その時はせん妄状態だったのでしょう。もちろん本人はそのことは全く覚えていないので、今となっては私の中だけの遠い昔の記憶です。

被告の医師は「突然の逮捕により100日以上身体拘束され、社会的信用と職を失い大変な思いをした。そして警察の一方的な主張に乗った報道、ネットの書き込みによって私や家族、周囲の人が大きく傷を負った。」と公判で語られたように社会的にも経済的にも大きなダメージを受けました。

原告の患者さんは怒りが収まらず、このような医師がのうのうと診察をつづけることが許せないとのことで、控訴予定のようです。

昔、電車でのワイセツ訴訟を描いた「それでも私はやっていない」という映画がありましたがそれほどワイセツ疑惑問題は解決することが難しいのだと思います。

最近、診察や治療前後に起きるセクハラ疑惑というのは本当に多そうです。私自身、心臓内科医として患者さんの胸を診察する機会がおおいので、身の引き締まる思いです。

手術はうまくいって、本来はお互いに感謝しあえる関係になったはずなのに、憎しみあうことになるのは本当に不幸です。

以前、医療のリスクと裁判については考察したコラムを書きましたが(2018/1/29)、やはり標準的な保険医療には刑事訴訟は似つかわしくないように感じてしまいます。

お互いが不幸にならないような、事件をうまく予防していく仕組みが必要なのでしょう。

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